世の中には金属でできた材料や部品がたくさんあります。
丈夫で様々な形に加工できるため、信頼性が高く種々の要求を満たすような材料や部品がつくられます。
金属というと、重い、硬い、のびる、曲がる、光沢がある、電気を流す、等の性質を思い浮かべると思います。
それぞれの特性を紐解くと、本が一冊では済まないくらい奥が深く非常に面白いのですが、今回は中でも「のびる」「曲がる」といった「変形」に着目して記事を書こうと思います。
たいていの金属は、面心立方(face centered cubic ,fcc)構造、最密六方充填(hexagonal close-packed, hcp)構造、体心立方(body centered cubic, bcc)構造のどれかの構造をもって原子が配列しています。
高校化学で原子の充填率を計算したことがある方は聞いたことのある名前かもしれません。
簡単に説明すると、fccとhcpはボールのようなものであるところの原子をハチの巣状に密に並べたものを、窪みにはまるように積み重ねていったもの、bccはおまんじゅうを四角に並べるようにしたものを窪みにはまるように積み重ねていったもの、となります。
このようにしてできた原子の配列は、先述したような面内の2次元の対称性だけでなく、積み上げていく際の3次元の対称性も有しており、特にfccとbccは立方体のどこに原子があるかという形で理解されるような比較的わかりやすい対称性を有しています。
このように原子が一定の規則(対称性)をもって並んでいる状態のものを結晶と呼びます。
特殊な場合を除き、身の回りの金属は原子が規則正しく並んだ結晶となっています(逆に無秩序に原子が並んでいる状態をアモルファスと呼びます)。
では、金属が変形するというと実際に何が起こっているかを考えてみましょう。
曲がったあとに戻らないようなタイプの変形の場合、原子と原子の距離が変わるだけではそのような大きな変形が引き起こされるわけがなく、ぷっつりと切れたり折れたりしてしまいます。
原子が大きくなったり小さくなったりすることもないので、あとは位置が「ずれる」くらいしかないわけです。
実際に、結晶中では原子が規則正しく並んでいますので、一斉に隣の位置に原子がずれても、全体としては結晶のまま、原子がずれた分だけ結晶は変形します。
きれいに積んだだるま落としを、少しずつずらしてやるような状態を想像していただければだいたいあっています。
このときの原子の移動に必要なエネルギーから、結晶を変形させるのに必要な力が計算できるのですが、実際に金属材料を変形させるのに必要な力の10000倍程度となっています。
言いかえれば、現実に存在する結晶質の材料は理想的な結晶から計算される強度の10000分の1程度でしかない、ということです。
じゃあどうなっているの、ということが古くから研究されており、現実の材料における結晶中には「しわ」のような欠陥が存在し、しわが伝播していくことで結晶が変形している、というような説明がされています。
(「しわ」と表現した結晶中に存在する欠陥のことを「転位」と呼びます。2019年7月16日追記)
好きな例えは、イモムシの類の移動方法に即したもので、曲がった部分が移動するとその分イモムシは前に進むよね、というものです。
なんでそれで強度が落ちるのよ?ということになるのですが、カーペットを一度に引っ張って動かすよりも、カーペットに存在する「しわ」を伸ばすほうが力がいらなさそうな気がしませんか、という話です。
じゃあ材料を硬くするにはどうするかというと、この「しわ」(転位)を動きにくくする、というアプローチが取られます。
大別すると強化機構は4つに分類できます。
・粒界強化
・析出強化
・固溶強化
・加工強化
それぞれ簡単に説明していきます。
・粒界強化
先程説明したように、転位は結晶中に存在し、その移動は結晶中でしか起こりませんので、材料中の結晶を小さくしてやれば良い、というのが一つの答えです。
実際の材料は、たいていの場合、多結晶体となっており、秩序正しく原子が並んでいる結晶がある程度の領域で存在し(結晶粒と呼びます)、いろんな方向を向いている状態です。
この結晶粒の中は原子が規則正しく並んでいるのでしわが伝播しますが、結晶粒と結晶粒の境界は不連続となっているのでしわが伝播できません。
なので結晶粒を小さくすると、しわが引っかかるし移動距離が小さくなるので結果として硬くなるというわけです(粒界強化)。
材料の降伏応力(強さ)は結晶粒の大きさの-1/2乗に比例するよ、という経験式があるくらいです。
・析出強化
また別のアプローチも転位を引っかけるものを用意するという意味では同じなのですが、結晶中に別の結晶を析出させるというものになります。
これも同じく、不連続な結晶の界面を転位が通り抜けられないことを利用して変形に必要な力を大きくする、というものです(析出強化)。
微細にたくさんの邪魔するものがあるといいよねということで、熱処理温度や時間を工夫することで材料中の結晶の状態を制御します。
ジュラルミン(アルミ‐銅系の合金)の強化機構はこちらになります。
熱処理温度と時間が本当にキモなので機械屋さんも頭の片隅においてくれると嬉しいです。
・固溶強化
しわを引っかけるだけじゃなく、そもそもそこから動かなくしてやればいいのでは?という発想のものです。
転位にはいくつか種類があるのですが、本来の位置からのずれ(英語だととてもわかりやすくdislocationという)ですので、周囲の原子もそれによって位置が多少ずれるため、高エネルギー状態ではあります。
こういった状態なのでしわは押せば動いてしまうわけです。
ここで原子として大きさの違うものを入れてやります。
余計な原子が挟まって間隔が広がっている部分には大きなもの、狭まっている部分には小さいものを入れます。
カーペットのしわで例えるなら、下側に棒を入れてやるようなものです。
そうなると、間隔の伸縮によるエネルギーが緩和され、その場所から転位が動きにくくなります。
結果として、しわが移動しようとすると大きさの違う原子がつっかえとなって動きにくくなります(固溶強化)。
・加工強化
最後の一つは、しわがたくさんになるとそれ同士が邪魔をして動かなくなる、というものです。
具体的に何をするかというと、材料を変形させてやります(加工強化)。
それだけなんですが、種々の機構で転位が増えます。
例えば、2点の障害物の間にしわを通そうとすると、シャボン玉のように大きくなっていき、しまいにはしわを押し出した側からひっついてしまって元に戻る、というものです(説明が難しいのでオロワン・ループで検索してください)。
こうなると、先程転位があると高エネルギーとは言いましたが、反発しあって動きにくくなります。
また、転位と言っても、とある方向だけにあるわけでわなく、様々な方向に向いていますので、変形の過程で転位が移動すると転位同士がからまってしまうようなことが起こります(転位の交切については理解が不十分なのでわかる人は今度教えてください。
加工して硬くなった材料は、適切な熱処理をすると転位同士がひっついたりして柔らかくなります(焼きなまし)。
まとめると、金属の変形は原子位置がずれていくことによって起こり、実際には結晶中に存在する転位(しわ)が動いているので、何らかの方法でこれが動きにくくなると材料は硬くなるよ!ということでした。
金属材料は、元素の比率だけでなく、熱処理や加工等によって結晶の大きさや組成物といった組織を制御し、特性を変化させることができます。
今回は転位論から材料の硬さに影響する因子を挙げたに過ぎず、実際にどう硬くするか、といった方法論についてはほぼ触れていません。
また、使用環境によっては錆びない、削れない、といった特性が求められることもあります。
どのように特性をチューニングしていくかということにも面白みがあるのが材料かなあと思います。
設計が大事なのもそうですが、設計を下支えしている材料にもたまには目を向けてみませんか?