ぴろりのくせになまいきだ。

世間に平和はおとずれなぁい

分割キーボード「Paren48」を作っている話

はじめに

ロータリーエンコーダが4つ搭載される40 %サイズのキーボード(Paren48)を設計していて、アルミ削り出しケースに向けた試作品が完成したので、途中経過をいったんまとめておこうと思いました。
以下の写真は3Dプリンタ製のケースです*1

Paren48(3DPケースバージョン)

なんかもうこれでいいんじゃないかという気もしてきましたが、いろいろ直したい部分はあるので、当初の予定通り、アルミ削り出しのケースを作ろうかなと思っています。
まだ完成には至っていませんが、特徴点などをまとめておこうと思います。

特徴点

  • 40 %サイズの分割キーボード
  • ロータリーエンコーダを両手で4つ搭載(4つとも大径のノブを搭載可能)
  • 放射+湾曲配列
  • インサートプレートマウント*2採用

なお、名前(Paren48)は、丸括弧を意味する"parenthesis"と、ロータリーエンコーダを含めたキー数から命名しました。配列が湾曲している向きが丸括弧と同じ向きなので、そこからとりました。
以下、各特徴点について説明します。

ロータリーエンコーダ

ロータリーエンコーダを片手で2つ、両手で4つ取り付ける前提で設計してみました。
これは、普段親指のロータリーエンコーダを回していて、他のノブがあったら便利だなあと思うことがあったので、いっそということで増やしてみました。
親指部分のノブは最大30 mmφ、人差し指のノブは最大32 mmφくらいまでは搭載できるはずです。ケースの設計としては、親指は30 mmφ、人差し指のノブは25 mmφで設計しています。
人差し指側のノブはサブ的な扱いですが、そこそこアクセスしやすい位置にあるので、押すのがちょっと面倒なショートカット等を割り当てることを狙って設計してみました。

配列

ぱっと見ではわかりにくいですが、指先に向かって広がっている放射の要素と、湾曲の要素を取り入れた配列にしています。

真上からの写真

この配置と、小指の下げ幅を調整した結果、小指を開き気味に構えることになるので、手首を置く方向としては、かなり小指側が下がった角度を許容する形になります。そうすると、人差し指側がかなり上がり、親指がだいぶ内側まで届くようになります。この手の角度と指の配置の関係については、前回の記事を参照してください。
piroriblog.hatenablog.com

この調整の結果、カラムスタッガード系の配列で発生しがちな、「NI」「BE」の連続打鍵遠い問題を軽減できたのではないかと思います。
また、小指の打ちやすさ、親指の打ちやすさは損なわれていないと感じます。

ケース設計とマウント方式

ぱっと見ケース設計は普通に見えるのですが、よく見ると、横からちらりと見えるプレートの位置と、スイッチプレートの位置が合っていないことが分かると思います。
これは、上にも特徴点として記載していますが、インサートプレートマウント方式を採用しているためです。
「インサートプレートマウント」は、私の知る限りでは初の試みだと思うので、勝手に命名しました*3
何をやっているかというと、PCBとスイッチプレートの間にさらにプレート(インサートプレート)をサンドイッチし、そのインサートプレートでケースにマウントする、という構成になっています。
さらに、このインサートプレートをスプリングプレートとすることにより、衝撃が緩和されることを期待しています。
何のことやら、という話になりそうなので、今回のケースの設計をお示しします*4

Paren48の内部構造

スイッチが搭載されるアッセンブリ部分についていえば、スイッチプレート(銀)、フォーム(黒)、インサートプレート(光沢ありの銀)、フォーム(黒)、PCB(ただの白い板)の順にスタックする形です。
このインサートプレートがスイッチプレートより一回り大きいので、これをケースにマウントする形です。
実際のブツはこんな感じです。

実際のアッセンブリ

インサートプレートは、スリットを入れて多少上下方向の振動を吸収するようにしています。
実際の構造はこちらです。

スイッチプレート(左)とインサートプレート(右)

この無茶苦茶なインサートプレートの形状ですが、切断堂さんにお願いして切ってもらいました。大変きれいに仕上げていただき、いたく感動しました。
なお、インサートプレートの素材はステンレス(SUS304)、厚みは1 mmです。
スリットが入っているとはいえ、素材が素材なので、結構硬めの打鍵感になります。
1 N(約100 g、底打ち時を想定)の荷重が作用した際の変位量が、だいたい0.3~0.5 mmくらいになる想定でスリットを設計しました。やわらかくするというよりは、衝撃だけ吸ってくれればよい、という思想です。

さて、ここまでお読みなった方で、「スイッチプレートにスリットを入れるんじゃだめだったのか?」と思われた方もいらっしゃるかと思います。
スイッチプレートにスリットを入れている例としては、例えば、THERMAL*5が挙げられます。

これに対し、今回のこの構造は、音の調整のために考案して採用してみました。
通常、スイッチプレートにスリットを入れてケースにマウントすると、トップマウント的な性格の音がしやすいと思われます。つまり、ケースの方に音が伝わりやすい状態といえるため、ケースからの音が鳴る状態といえます。
一方で、いわゆるガスケットマウントとすると、ケースとスイッチプレートの間にクッションが入るので、ケースとスイッチのアッセンブリが音響的に隔離される場合が多いといえます。そうすると、スイッチのアッセンブリの音が打鍵音全体の印象を決める状態になりやすいといえます。
これらのことは、スイッチのアッセンブリがほぼケースと一体化した状態となったRaven46*6と、やわらかめのガスケットマウントとしたCygSUS*7の音の傾向からなんとなくつかんでいました。また、イベントなどでひっそりとカスタムキーボードを触らせてもらって、だんだん上記の仮説が正しいと思えるようになりました。

ここで、CygSUSはそのケース構造も相まって、かなり打鍵音が響くので多少それを抑えたいと考える一方、Raven46のように一体化してしまうとスイッチの個性を殺すことになりかねないし、そもそも硬い、とも思いました。
そこで、両者のバランスをとるという観点から、スイッチプレートと、ケースにマウントする部材を「若干」音響的に分離しつつ、一定の柔らかさを実現する構造を模索したところ、上記の構成に至りました。

感想

1週間くらい仕事で使ってみてみた感想としては、狙ったことはまあまあうまくいったかな、といった印象です。

人差し指のロータリーエンコーダについては、例えば分割キーボードでちょっと押しにくいCtrl+Y、ブラウザのタブ移動、マウスの戻る・進むボタン等を割り当ててみていますが、使用頻度はそこまで高くないけどちょっと押すのが面倒なショートカット等を割り当てるのにはちょうど良い感じです。

配列については、このタイプの配列は3台目ということもあって、かなり自分の手にフィットするようになってきた印象があります。

打鍵音については、ちょっとなんとも表現しにくいのですが、かなり不思議な音がします。これに関しては実際に触っていただくしかないかもしれません。少なくともやや静かめにはなりました。何とか言語化するなら、全体の音量が下がりつつ、特定の周波数帯の音がかなり減っているような印象を受けます*8
スイッチはBaby Kangaroo*9を採用したのですが、あれ、本当にこのスイッチ? という音がします。ただし、特徴的な高音までが吸われているわけではないので、スイッチの性格は残るのではないかと思います。他のスイッチも差してみましたが、スイッチ毎の違いはそこそこ出るように感じました。

打鍵感については、体感でほとんど沈み込みが感じられませんが、衝撃が手に伝わってこない程度になっているので、狙い通りにできたと思いました。実は下の空間をちょうど埋める専用のフォームも切ったのですが、このフォームを入れるとかなり硬く感じたので、体感ではほとんどわからないなりにも、スプリングプレートとして作用していることは実感できました。
一方で、じゃあスプリングプレートをめっちゃ柔らかくしたらどうなるのか、というのも気になったので、それ用の部材も発注してみました。届くのが楽しみです。

今後について

今回は試作という位置づけで3DPのケースを発注しましたが、組み立ててみて初めて気づく設計上の問題もあったので、試作してよかったなあと感じています。特に、ドーターボードの採用は今回が初めてだったので、その周りの設計上の問題が目立ちました(組み立てる際に結構削りました)。
色々な問題点を調整しつつ、踏ん切りがついたらアルミの削り出しの発注をしてみたいと思います。

なお、この基板自体は、キットとして頒布するか、オープンソースにするかのどちらかにはして、皆さんにも作っていただきやすい形にしようとは考えています。
キットとして頒布するとしたら、おそらくFR4のみ、または、FR4とアクリルのサンドイッチマウントの形態になります。ここで、インサートプレートマウントであれば、ケースに後付けできるとは思いますので、分割型で柔らかい打鍵感を実現したケース付きキット、という形もありうるかもしれない、とは思っています*10
いつになるかはわかりませんが、ご希望等があればお知らせいただければと思います。

アルミの削り出しケースは憧れていたので、使いやすいことが確認できたこのキーボードの形状でそこまで到達できればいいな、と思っています。

Paren48を職場に置いているため、この記事はQuokkaで書きました。

*1:試作といいつつ本番用の真鍮ウェイトを搭載しています

*2:多分他に採用例がないので私が勝手に命名しました

*3:先行例があったらすみません

*4:この分解して見せるやつ、一回やってみたかった

*5: THERMAL SEQ2 Plate – RAMA WORKS®(※URLはプレート)

*6:ハイブリッド積層ケースのキーボードを作った話 - ぴろりのくせになまいきだ。

*7:積層ケースのキーボードを基板から作ってみた - ぴろりのくせになまいきだ。

*8:アッセンブリとなったスプリングプレート全体の共振しやすい周波数帯の音が吸収されていると予想しています。

*9:Gateron Baby kangaroo / Tactile

*10:実は、当初アクリル積層のケースにしようと思っていたので、アクリル積層ケースの設計自体は終わっています。仮にサンドイッチのキットのみを頒布するにしても、このケースデータは供養も兼ねて公開する予定です。