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機器分析の原理を俯瞰する

はじめに

わたしがチョットワカルことの一つに、機器分析があります。
まず、機器分析とはなんですか、という話になりますが、JAIMAさんによれば、
『「物質の組成,性質,構造,状態等を定性的・定量的に測定する機械・器具又は装置」を指します。』
とあります。詳しくは、JAIMAさんのサイトをご覧ください。
www.jaima.or.jp

機器分析においては、当然ですが、一定の原理に基づいて分析が行われ、測定結果が出ます。
最近の測定装置では、あまりその知識を意識しなくとも、とりあえずサンプルを入れれば結果が出てくるようになっていますが、正しい結果の解釈にはその原理の理解が欠かせないと断言してもよいと思います。

測定装置のオペレーションをしなくなって2年くらい経ちますが、逆にそういった機器分析の知識の重要性に気づかされました。また、適切な測定手法を選定する難しさも感じています。
そこで、自分の知識の整理も兼ねて、機器分析の原理について俯瞰してまとめてみようと思いました。
今回の記事のみでまとめるとなると、やや強引感のあるまとめにもなってしまいそうなので、今回は、以下の測定手法についてまとめてみようと思います。以下の測定手法は、いずれも固体の分析に使われることが多い手法です。


まず最初に、各測定手法のまとめを書いていく前に、抑えていただきたいポイントがあります。
それは、これらの機器分析の原理は、いずれも、「サンプルに対して何かを入射し」「出てきた何かの情報からサンプルの情報を得る」という共通点があることです。このことは、大抵の機器分析の原理についても同じことが言えます。
すなわち、抑えていただきたいポイントは、「何を入射するか」と「何を見るか」という点です。これを理解できれば、その測定において注意すべき点も見えやすくなってきます。
以下、各測定方法について説明していきますが、「入射するもの」と「観測するもの」を最初に書いておきます。参考になれば幸いです。
なお、一部、実際に自分でオペレーションしたことがないものも含まれます。必ずしも正確な情報が記載されているわけではない点は、ご容赦ください。また、間違っている点に関しては、ご指摘いただけると幸いです。

各測定手法の説明

XRF(蛍光X線分析法)

入射するもの:X線
観測するもの:X線の波長

X線を入射し、試料から発生特性X線を検出することによって元素分析を行います。基本的に、多元素を同時に検出できます。
また、別途検量線を用意しておくなどすれば、定量分析も可能です。
携帯タイプの装置も存在します。特に前処理も必要とせず、比較的お手軽に測定が行えます。

X線を照射し、X線を分析するので、比較的深い領域(μm~mmオーダー)からの情報も得られます。ある程度既知のものを分析する場合、層構成の分析もできるようです。

バルク試料の分析に適用されることが多い印象です。

参考:MST|[XRF]蛍光X線分析法

EELS(電子エネルギー損失分光法)

入射するもの:電子線
観測するもの:電子のエネルギー

電子線を照射し、透過してきた電子線のエネルギースペクトルを取得して試料の分析を行います。
基本的には、TEM(透過型電子顕微鏡)またはSTEM(走査型透過電子顕微鏡)の電子線照射側とは反対側に検出器を設置して、EELS分析を行うことになります。すなわち、薄片試料(例えば100 nm以下)を作製し、その分析を行うことになります。

電子線がエネルギーを失う場合、いくつかモードがあるようで、内殻電子の励起に対応するエネルギー領域を分析すれば、元素分析が行えることになるようです。また、内殻電子の励起に対応する吸収端付近のスペクトル形状を比較して、状態分析を行うこともできるようです。

基本的にはTEM装置内に搬入して測定を行いますので、真空中で揮発してしまうようなものの分析は難しいといえますが、非常に微小な領域の元素情報が得らえるため、ナノ構造の分析に適用されます。

参考:MST|[TEM-EELS]電子エネルギー損失分光法

XPS(X線光電子分光法)

入射するもの:X線
観測するもの:電子のエネルギー

試料表面にX線を照射し、試料表面から飛び出してきた光電子を検出し、その光電子のエネルギーにより元素分析・状態分析を行います。
リファレンスと比較することにより、各元素の化学結合状態を知ることができます。

発生した光電子がそのエネルギー情報を保持したまま、試料表面から飛び出してくることのできる深さ(脱出深さ)は、試料表面付近に限られており、表面からnmオーダーの深さ情報のみが得られます。

基本的には高真空中での測定となるため、真空中で変質しない試料の測定に限られますが、化学結合状態が分析できるため、故障解析からメカニズム解析まで、幅広く適用される印象があります。
ただし、nmオーダーのごく表面付近の情報しか得られないため、測定試料の表面汚染には十分注意する必要があります。
深さ方向の分析を行いたい場合、イオンビームスパッタリングなどを利用して、表面を切削しながら分析を行うこともあります。

参考:MST|[XPS]X線光電子分光法

EDX(エネルギー分散型X線分光法)

入射するもの:電子線
観測するもの:X線の波長

入射した電子線によって生じる特性X線を分析し、元素分析を行います。
SEM(走査型電子顕微鏡)、TEM、STEMに分析器を設置して行われることが非常に多く、元素マッピングもよく行われます。

元素および照射する電子線のエネルギーによって、得られる深さ方向の情報は変化しますが、表面分析とは言い難い領域(μmオーダー)の情報まで拾うことが多いといえます。
EDXは、エネルギー分解能があまり優れない(100 eV程度)ため、しばしば元素間でのピークの重なりを生じ、解析を困難にする場合があります。このような場合、波長分散型の検出器を搭載したEPMA(電子プローブマイクロアナライザ)による解析を検討する必要があります。

とはいえ、マッピングが比較的高精度で行うことができる点は非常に強力で、作製した構造体における元素分布を可視化したり、微小な異物の混入経路を特定したりすることに使われます。
なお、検出器は、電子線入射方向から傾いた方向に設置される場合が多い*1ため、試料に凹凸がある場合などにおいては、発生した特性X線が遮られて、影のようなものが発生することがある点には注意が必要です。

参考:MST|[SEM-EDX]エネルギー分散型X線分光法(SEM)

XRD(X線回折法)

入射するもの:X線
観測するもの:回折X線の方向

試料にX線を入射し、回折してきたX線の角度から、結晶構造などの情報を得ます。
有機材料・無機材料を問わず、非常によく用いられる分析手段です。

回折X線の強度、回折方向、回折ピークの半値幅などから、原子の配列パターン、原子間の距離、結晶の乱れ具合などの情報が得られます。
なお、X線は、基本的に電子と相互作用して回折が発生するので、厳密には原子ではなく、電子雲の状態を反映して回折線が得られます。

X線の入射角を表面すれすれにすると、ごく表面付近の結晶構造の情報のみを参照したデータを得ることも可能です。また、表面すれすれにX線を入射しつつ、面内方向に検出器をスキャンすることで、面内方向の結晶構造の情報を得ることもできます。

昨今、解析はソフトで行われてしまう場合も多いですが、原理を知っておくことは非常に重要だと考えます。原理を知らないと、得られた結果の解釈を間違う可能性があります。
なお、粉体状のサンプルを測定する場合には、ホルダーに対して粉体を、平らで、かつ、他のサンプルと高さが一致するように充填する必要があります。そうしないと、回折角度がずれて検出されてしまいます。
また、精密な解析を行う際には、X線源をモノクロメータで単色化することを検討したほうがよい場合があります。

参考:MST|[XRD]X線回折法

まとめ

簡単ではありますが、機器分析の原理についてまとめてみました。
実際の測定における注意点は非常に多くあるわけですが、装置のオペレータまたは測定の指示者がその注意点を知らずに測定を行ってしまい、得られた結果から誤った解釈をしてしまう場面を何度か見てきました。
特に、定量分析となると、正しい分析値を得るためには注意すべき点がさらに増えるため、分析方法の選定、試料の前処理、データ解析等については、慎重になるべきと思っています。
オペレータが分析の原理を理解していることが望ましいのはその通りですが、分析を依頼する側も分析の原理を理解し、適切な分析がなされるように、試料の情報と、得たい情報および分析の目的を提供することが望ましいといえます。
少しでも測定の原理について考えていただけるきっかけとなれば幸いです。

と、堅苦しい話もいいですが、個人的には、試料の状態が分かる「分析」という行為がとても面白いと思うので、その原理について興味を持っていただければ嬉しい、という側面もあります。
少しでも原理を知っていると、データを見る目が変わってきて、試料をより深く知ることができると思いますので、ぜひ分析の原理について触れていただければと思います。

*1:SEMの場合は必ずといっていいほどそう