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ロープロ専用設計40 %キーボード「Editor50」を設計した話

はじめに

ロープロファイルスイッチ専用設計のキーボードを設計しました。
特徴点は後述しますが、文章作成・編集を主眼に置いたキーボードです。
その目的と、スイッチとして動作する部品の数から、「Editor50」という名前を付けました。

Editor50の上面写真
Editor50の斜視図

見てわかるように、過去に設計した「Quokka*1」の配列に似ていますが、部品選定等を一からやり直し、新たなパーツも色々搭載したので実質新作です。
上記の写真のビルドでは、下段部分のスイッチにはHades*2を、それ以外には、Kailh Deep Sea Silent MINIのタクタイル版*3を採用しています。
キーキャップは"YMDK 127 Ultra-slim Key cap Mac Style"というものです*4
非常に静かで会議室でも問題なく使えそうです。

以下、このキーボードについて解説していきます。

設計のきっかけ

昨年、会議室で使う用のキーボードとして、オーソリニア*5のキーボードを設計していました。
piroriblog.hatenablog.com

これはこれで満足して使っているのですが、MX互換のスイッチを採用している関係上、どうしても背が高く、打ちにくいと感じる場面がありました。
また、上記Quokkaは配列と外形が結構気に入っており、いつかリメイクはしたいなと思っていました。
そこで、Quokkaの配列を少し調整しつつ、ロープロファイルスイッチ対応のモデルを設計することとしました。

もう一つ、これは非常に特殊な要望ではあるのですが、一つのPCで画面を見ながら会議を行うことがあり、手元にマウスがないとカーソルを移動できない、という事態に陥る場合がありました。
よって、そこまでの頻度は発生しないので精度は求めないが、手軽にマウスカーソルを動かせるデバイスが欲しい、という非常に個人的な要望がありました。
よって、直感的に操作できる部品(スティックスイッチ)を搭載することにしました。

なお、今回は頒布することを前提にして、パーツの選定等を行いました。

特徴点

ロープロスイッチ専用

ChocV1、V2ともに対応しています。ChocV2に関しては、固定用のピンがついているものも対応したフットプリントとしています。
もちろんキーキャップにもよりますが、机からキーキャップの天面までが約18 mmとメカニカルキーボードとしては薄めの設計です。
多くの人にとってパームレストは不要であると思います。

独自のエルゴノミック配列

Quokkaの配列設計方法を踏襲しつつ、折れ曲がりの角度を若干緩めに設定しました。
いわゆるAlice配列は、左手側でいえばQとWの間を境にして折れ曲がっていますが、QuokkaとEditor50はWとEの間を境にして折れ曲がっています。
横方向にズレているようにも見えますが、カラムスタッガード配列(列方向のズレ)にキー配置が似ている配列です。指の長さに合わせてキーが配置されているため、無理のない運指で手元を見ずに打鍵できます。

実はカラムスタッガードに近い配列

なお、ロータリーエンコーダの外側のキーは、小指の付け根で押すことができます。

また、キーの傾きから、手を少しハの字にし、肩を開いて手を置くことができる配列といえます*6
なお、数字行のない40 %に分類される配列です。レイヤーを切り変えることで、文章作成中に手元を見ることなく数字・記号等を入力できます*7

拡張操作スイッチの搭載

ロータリーエンコーダ

文章作成中・編集中に押すことの多いキーの一つに、方向キーがあります。
特に、推敲しながらの文章作成、変換候補の選択等においては、頻繁に方向キーを押すことになると思います。
ここで、40 %キーボードでは、方向キーをレイヤーの中に入れ、2キー以上の入力で対応する場合が多くあります。
一方、Editor50では、手のひらの下の位置に直径26 mmまでのノブ(ロータリーエンコーダ)を搭載し、この回転を方向キーの入力に割り当てることができ、直感的で素早い操作が可能です*8
スムーズな文章作成(特に文章編集)を実現する、私にとってはなくてはならない入力インターフェースです。

大きめのノブが取り付けられるロータリーエンコーダ

もちろん、レイヤー毎に異なる機能を割り当てることも可能です*9

スティックスイッチ

文章編集中に、ちょっとだけマウスを操作したい場面は時々あります。
そのような場面の補助用として、4方向に接点のあるスイッチを中央部分に搭載しています。人差し指でアクセスしやすい位置です。
マウスのカーソル移動に割り当てるも良し、スクロールに割り当てるも良しです。横方向のスクロールももちろんOKです。
ここで、今回採用しているパーツでは、いわゆるアナログスティックとは異なり、「スイッチ」が搭載されていますので、キーマップ上で簡単に割り当てを変更することができます。
拡大・縮小等の割り当てももちろん可能です。ロータリーエンコーダと同様に、レイヤー毎に異なる機能を割り当てることも可能です。
ポインティングデバイスに持ち替えることなく、スムーズな文章作成をサポートします。

3つの補助スイッチ

中央部分に補助スイッチを3つ搭載しています。
押し心地の軽いタクトスイッチ(登録商標)を採用しています。ボタンの形状を工夫し、斜め方向から押しても入力しやすいようにしています。

補助スイッチ拡大図

通常のキーとは形状が異なるため、直感的に異なる機能を持っていることが理解でき、役割を覚えやすい側面もあります。
マウスのクリックに割り当てるも良し、ちょっとしたショートカットに割り当てるも良しです。
キー数の少ない40 %キーボードですが、マクロパッド*10的な使い方も実現可能なカスタマイズ性を秘めています。

細かいこだわり

ここから先は非常にオタク的なこだわりを書いていきます。長いし早口なので読まなくても大丈夫です。

配列の調整

Quokkaの配列では、それぞれのキーが横方向に0.25u*11だけずれていましたが、例えばNとIが遠いと感じられる場合があり、調整の必要があると思っていました。
そこで、Editor50の配列では、このずれを0.2uとしました。
結果的に折れ曲がり角度は約22.62°であり、全体として約10°ほど傾けた方向から手を置くとちょうどよいくらいの配置となっています。
全体の外形の縦方向の長さもやや短くコンパクトになり、バランスも良くなったと思います。

外形デザイン

Quokkaでは、外形に直線を多用しており、やや硬い印象を与えるものでした。
Editor50では、サイド部分に円弧を取り入れ、コネクタカバー部分にも大きな半径のフィレットを入れ、全体的にフィレットの半径を少し大きめにするなど、柔らかさも出るように意識しました。
丸いパーツも多いので、バランスとしてはちょうどよくなったのではないかと思います。

ミチミチの積層構成

上から下までアクリル等の層が隙間なく詰まった積層構成としています。

積層構成

打鍵の柔らかさというよりは、剛性感を重視した設計としています。
なお、いわゆるChocスイッチは、PCBからスイッチプレートまでの距離が2.2 mmとなっています。
通常のアクリルは1 mm単位であり、2 mm厚のアクリルを採用すると若干の隙間が空いてしまいます。ここで、PCBとスイッチプレートの間に紙(厚み約0.2-0.3 mm)を配置するようにしています。

この紙ですが、カッティングプロッター*12という機器を使ってカットしました。もともと、薄めのフォームをカット*13するために購入しましたが、そりゃ紙も簡単に切れるよね、という感じでした。
まあまあの精度で切れるので何かちょっとした物を切るのにはよさそうです。

また、PCBの下にはアクリルのミドルプレートを配置していますが、余分な隙間がない状態としています。
これは、KiCad上でスイッチのフットプリント、ダイオードのフットプリント等において、アクリルカット用のレイヤーを用意してピッタリの線を引いておくことで比較的省力化しながら設計しました。

加えて、マイコンボードをPCBにはんだ付けする構成を採用していますが、うまくコネクタが隠れるように積層構成を工夫しています。
マイコンボード周りの積層構成は以下の通りです。

コネクタ部分の積層構成
実際のコネクタ周り

マイコンがうまく隠れていて個人的にも満足です。

自作ながらも自作っぽくなさを

精密ネジを採用し、キーとキーの間にネジ止め位置が来るように調整しました。ほとんどのネジはキーキャップの陰に隠れて目立たないようにしています。
また、コネクタがむき出しにならないようにコネクタカバーをつける等、ある意味での自作キーボードっぽくなさを目指しました。
なお、どうしてもコネクタカバーのパーツを固定するネジは表に出ますので、ポリカネジまたは金メッキネジを調達し、見た目上のアクセントとできるようにしているつもりです。
アクリル積層の自作らしい構成ではありますが、一定の所有欲も満たされるように(何より自分がカッコいいと思えるように)したつもりです。

ゴム足が取れるのを何とかしたい

キーボードの裏側には、通常、滑り止めとしてゴム足を貼ります。
これを真っ平なところに貼ってしまうと、横方向からの力で意外とはがれてしまいます。特に持ち運びをした際に擦れるなどすると顕著です。
ここで、Editor50では、高さ3 mmのゴム足を採用し、2 mm厚のボトムプレートにゴム足用穴をあけ、ミドルプレートにゴム足を貼るようにしています。

ゴム足の側面部分が露出していないので、横方向からの力でゴム足がはがれにくい設計であるといえます。
また、副次的な効果として、単にボトムプレートにゴム足を貼るよりも背を低くできています。

Editor50の裏面

ちなみに、ネジの頭が非常に薄いものを採用しているため、0.5 mm厚程度の滑り止めゴムを裏に貼っても運用できるはずです。

補助ボタンの設計

補助ボタンは機構と形状に工夫があります。
スペース的に板バネのような構造を採用することは難しいと判断し、下記の写真のように、スイッチカバーをスイッチプレートで挟み込んでしまう設計としました。

基板の穴にスイッチカバーを合わせて……
スイッチプレート(写真はマットクリア版)で挟み込むとこうなる

PCBとの距離を調整することで、多少斜め方向から押してもPCBとスイッチカバーが接触しないように設計しています。
また、斜め方向から力が加わった際に、スイッチの押下方向が可能な限り垂直方向となるよう、凸状の形状としました*14

ノブの設計

ロープロファイルスイッチを採用するにあたって、通常の高さのノブを取り付けると、手のひらにあたってしまうことがありました。背が低いノブを探してはみましたが、ちょうどよい大きさのものを発見できなかったため、自分でモデリングすることとしました。
丸みを帯びた側面形状に指の引っ掛かりがよい溝を設けているため、フィット感と回しやすさの両立ができたと自負しています。

ノブの3Dモデルのスクリーンショット

採用パーツ

今回採用した特殊パーツは以下の通りです。

  • ロータリーエンコーダ(EC12D1524403)

EC12D1524403 製品情報 | EC12Dシリーズ | 絶縁軸エンコーダー | エンコーダー | 電子部品検索 | 製品・技術 | アルプスアルパイン

SKRAAWE010 製品情報 | SKRAシリーズ | 表面実装タイプ | タクトスイッチ® | 電子部品検索 | 製品・技術 | アルプスアルパイン

  • スティックスイッチ(RKJXM1015004)

RKJXM1015004 製品情報 | RKJXMシリーズ | スイッチタイプ | 多機能操作デバイス | 電子部品検索 | 製品・技術 | アルプスアルパイン

いずれもアルプスアルパイン社製のものです。採用理由を簡単に解説します。
ロータリーエンコーダは、ロープロファイル用に背が低く、かつ、クリックトルクが軽いものということでこちらをチョイスしました。金属軸よりも回転に必要なトルクが小さく、使用感は良いです。ロータリーエンコーダを酷使する設計思想ですので、チャタリングが発生しにくい高品質なアルプスアルパイン社製のものを採用しました。

タクトスイッチ(登録商標)は、同社のラインナップの中で最も押下圧が小さいものを選択しています。この部品はKX-52M(Tochka52)*15でも採用しており、軽く、小気味いい音が鳴るので使用感が良いです。

スティックスイッチは、同じくKX-52Mで採用した8方向スティックスイッチ*16を採用したかったところでしたが、生産中止となってしまっていたため、上記のスティックスイッチを採用しました。正直な話、これを使ってみたかっただけ、というのはあります。今回採用したスティックスイッチは、4方向に接点があり、斜め方向は隣接する方向の接点がONになるという機構のため、用途によってはこの方が使いやすいとは思っています。
なお、仕様なので仕方ないのですが、プッシュスイッチは単独で動作するものの、各方向に倒した際には、プッシュスイッチの接点も必ずONになるという仕様のため、基本的にはプッシュスイッチに何も割り振らない、という運用になると思われます。逆に言えば、各方向に倒した際には、プッシュスイッチに割り当てられたキーコードが送信されるので、使いようはあるかもしれないとは思います。
ところで、マトリクステスターでテストしてみたところ、各方向に倒した際に音が鳴る瞬間にプッシュスイッチがONになるようです。各方向がONになる位置は、プッシュスイッチがONになる前であるようで、一応使い分けも可能ではあるようです。

おわりに

Editor50は、最初はQuokkaのリメイクのつもりでしたが、結構趣の異なるキーボードに仕上がりました。
約1年半分の設計の経験値を活かした設計にできたと思います。
また、設計方法として、KiCadのフットプリントにアクリルのカットラインを入れ込む等、新たな設計手法にもチャレンジし、設計のプロセス自体も楽しめました。

さて、この「Editor50」ですが、キーケット2025*17で数台頒布予定です。ベアボーンキット*18の形態となる予定です。
catalog.keyket.jp
後日詳細な記事(ビルドガイド・商品仕様のようなもの)は作成します。
その後の販売などは現状未定ですが、反響次第で検討しようと考えています。その後販売しない場合であっても、少なくとも設計データの公開は行います。

(2025年6月18日追記)
基板製造データも含めて公開しました。フットプリントは私が全部書き起こしたものであり、ライセンスフリーとしていますのでご自由にお使いください。
github.com

仕様などの詳細はこちらです。
piroriblog.hatenablog.com

今まで、手のひらの下の位置に大径のノブが取り付けられるキーボードはほとんどなかったと思いますので、この機会にぜひ触っていただければと思います。
ロータリーエンコーダはいいぞ、というのを体感していただければ嬉しいです。

この記事はEditor50で書きました。

*1:piroriblog.hatenablog.com

*2:Hades Low-profile POM Switcheslofree.co.jp

*3:https://talpkeyboard.net/items/66a0596a545dc7002b5dea18talpkeyboard.net

*4:https://www.amazon.co.jp/YMDK-%E3%82%A6%E3%83%AB%E3%83%88%E3%83%A9%E3%82%B9%E3%83%AA%E3%83%A0-%E3%83%AD%E3%83%BC%E3%83%97%E3%83%AD%E3%83%95%E3%82%A1%E3%82%A4%E3%83%AB-%E3%82%AD%E3%83%BC%E3%82%AD%E3%83%A3%E3%83%83%E3%83%97-%E3%83%A1%E3%82%AB%E3%83%8B%E3%82%AB%E3%83%AB%E3%82%AD%E3%83%BC%E3%83%9C%E3%83%BC%E3%83%89%E7%94%A8/dp/B0CZLQTK91

*5:格子状に並んだキー配列

*6:外形の下の辺に対して直角に手を置くとちょうどよいように設計しています。

*7:多少の慣れは必要ですが、全く手元を見ずに数字等を打てるのは非常に良い体験です。

*8:もちろんどのような割り当てにするかはあなた次第です。

*9:個人的には、第2レイヤーにPgUp, PgDn, End, Homeを、第3レイヤーに上下スクロールと左右スクロールを、第4レイヤーにウィンドウ切り替えとタブ切り替えを割り当てています。対になる操作を割り当てると直感的に使えると思います。

*10:所定のショートカットを割り当てた小さいキーボード

*11:キーピッチの1/4

*12:silhouettejapan.co.jp

*13:実績は1 mm厚まで。2 mm厚は難しそうでした

*14:指当たりがいいようにこの形状にしただけともいいます

*15:piroriblog.hatenablog.com

*16:tech.alpsalpine.com

*17:keyket.jp

*18:キースイッチとキーキャップを取り付ければ使えるキット